小泉産業株式会社
小泉産業株式会社グループ
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グループコミュニケーションレポート
KOIZUMI HISTORY

●「三方よし」の理念のもと、太兵衛の子孫たちは、時代とともに商売を拡大していった。
1871年(明治4年)には当時の日本経済の中心であった大阪・船場に進出を果たし、現在の小泉産業本社がある備後町に「立木屋森之助商店(後の「小泉新助大阪店」)」を出店する。
小泉産業グループでは、この1871年を「近代創業元年」と位置づけている。

●1904年(明治37年)、小泉新助商店は、同族経営者5人の出資によって「小泉合名会社」となる。
この会社は10年後に解散するが、発起人の一人であった3代目小泉重助が大阪店を引き継ぎ、1915年(大正4年)、「小泉重助商店」として発足する。
欧米の視察などを通じて新時代のビジネスを学んだ重助のもと、「小泉重助商店」は、独自性の高い商品を柱とする「特殊特徴品主義」を基本に、成長を遂げていった。

●「小泉重助商店」は、1941年(昭和16年)には「株式会社小泉商店」となる。
だが、この年の12月に勃発した太平洋戦争の影響で、小泉商店は繊維統制を受け、扱い商品が減り売り上げが落ちていった。
戦時下、統制の対象が「人」にまで及び、男子就業禁止令などにより、従業員の就労が難しくなった。そのため、1943年(昭和18年)にM&Aによって設立したのが、航空機のゲージなどを製造する「五光精機工業株式会社」だった。
この時期、小泉商店の従業員の多くが、この五光精機の工場で製造に従事した。

●1945年(昭和20年)、太平洋戦争はようやく終結し、小泉商店は一面の焼け野原となった大阪で、再出発をはかることとなった。
戦地から戻ってきた社員たちによって始められたのは、生活用品の卸業だった。
最初に手がけたのは、パンも焼け、米も炊ける「電熱器」である。
さらに繊維事業で培ったノウハウを活かし、中小製造業や町の発明家が開発した製品を新しい売り方で販売していく製造卸業を本格化する。
社名も五光精機工業から「小泉産業株式会社」に変更し、様々な電気生活用品を社会に普及させていくこととなる。

黎明編近代創業編拡充編新創業編そして未来へ
三方よしを遺した「商祖」/小泉太兵衛企業の社会的存在意義を示した/三代目重助ブランドメーカーの道を拓いた/立澤四郎
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